牛の受精卵を守る新たな培養技術 -細菌リスクを抑え、発育をリアルタイムで見守る-

牛の受精卵を守る新たな培養技術
-細菌リスクを抑え、発育をリアルタイムで見守る-

  成果のポイント

  • ヒト生殖補助医療で使用されている無加湿型タイムラプス培養器が、牛受精卵にも適用できることが確認されました。
  • 従来の加湿型培養器での受精卵へのストレスや細菌汚染の課題が改善されました。
  • タイムラプス機能により、受精卵を取り出さずに発育状況をリアルタイム観察し、信頼性の高い評価が可能になりました。


 bet36体育在线_bet36体育投注-官网网站@、浅田レディースクリニック、アステック、PIXTUREの研究グループは、ヒトの生殖補助医療で広く使用されている無加湿型(注1)タイムラプス培養器が、牛受精卵の培養?観察にも有効であることを確認しました。従来、牛受精卵の培養には加湿型培養器が一般的に使われ、湿潤環境が細菌汚染のリスクを高めるほか、観察の際には受精卵を培養器外に取り出す必要があり、これが受精卵にストレスを与えることが問題視されていました。また、従来の品質評価法は、観察者の主観に依存しやすく、評価のばらつきや妊娠率の低さも課題でした。
 無加湿型培養器はヒト生殖補助医療において管理のしやすさや細菌汚染の軽減が期待され、近年広く普及しています。また、タイムラプス機能を搭載しているため、受精卵を取り出さずに発育の過程をリアルタイムで観察し、発育速度や分裂の様子を遡って確認できるため、従来より客観的かつ信頼性の高い品質評価が可能です。一方で、無加湿条件下では培養液の蒸発による浸透圧の上昇が胚発生に影響を与える可能性が懸念されています。この問題に関して、牛受精卵を対象とした研究はこれまで行われておらず、その影響は依然として明らかになっていませんでした。
 今回の研究では、無加湿型培養器で培養した牛受精卵が、従来の加湿型と比較しても発生能力、発育速度や遺伝子発現において大きな差がないことが確認されました。この成果は、無加湿型培養器が牛受精卵生産において新たな選択肢となり得ることを示しています。今後、無加湿型タイムラプス培養器の導入?標準化が進むことで、牛受精卵の生産効率や品質評価の精度が向上し、家畜生産システム全体の改善につながることが期待されます。

本研究成果は、動物繁殖学の国際学術誌 Theriogenologyに11月7日に掲載されました。
掲載誌:Theriogenology
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0093691X24004527
論文名:Compatibility of dry incubator on in vitro production of bovine embryos
著者名:Haruhisa Tsuji, Hiroki Nagai, Sayaka Kobinata, Hinata Koyama, Atchalalt Khurchabilig, Noritaka Fukunaga, Yoshimasa Asada, Satoshi Sugimura

現状
 ウシにおける受精卵の体外生産?移植技術は、母体に移植して子を誕生させる方法として世界的に普及しています。現在、世界で生産される牛受精卵の約80%が体外生産であると報告されており、この技術は畜産業において重要な役割を果たしています。しかし、牛受精卵の培養には主に加湿型培養器が使用されており、湿潤環境による細菌汚染リスクや、観察時に受精卵を培養器外に取り出す際にストレスがかかるという課題があります。また、従来の受精卵の品質評価方法は観察者の主観に依存しやすく、評価のばらつきや、移植後の妊娠率が低いことも問題となっています。

研究体制
 本研究は、国立大学法人bet36体育在线_bet36体育投注-官网网站@大学院グローバルイノベーション研究院 杉村智史教授、bet36体育在线_bet36体育投注-官网网站@大学院連合農学研究科博士課程3年 辻暖永(浅田レディース品川クリニック Lab長)、医療法人浅田レディースクリニック 浅田義正理事長、福永憲隆副院長、株式会社アステック、株式会社PIXTURE(bet36体育在线_bet36体育投注-官网网站@発ベンチャー企業)らが共同で実施しました。

研究成果
 研究グループは、ヒト生殖補助医療で広く普及している無加湿型タイムラプス培養器の牛受精卵培養への適用性を、従来の加湿型培養器と比較しました。加湿型培養器にはアステック社製の加湿型マルチガスインキュベーターを、無加湿型培養器には同社の受精卵観察システムCCM-iBISを使用しました。CCM-iBISの特徴として、無加湿条件により細菌汚染のリスクが低く、清掃や管理が容易である点が挙げられます。また、CCM-iBISには9つの独立チャンバーがあり、各チャンバーで温度?ガス制御が個別に行えるため、他のチャンバー開閉による影響が少なく、牛ごとや受精卵ごとの管理が可能です(図1a)。さらに、専用培養皿の使用により受精卵の個別管理が可能で(図1b)、タイムラプス機能を用いた視認性の高い画像を通じて、受精卵を取り出さずリアルタイムでの発育過程の観察?評価が可能です(図1c)。比較の結果、無加湿型培養器と加湿型培養器の間で胚盤胞(注2)への発生率、胚盤胞の品質、発育速度、遺伝子発現に大きな差がないことが確認されました。また、興味深いことに、受精卵の成長を促進するいくつかの遺伝子発現が無加湿型培養器で高くなる傾向が見られました。さらに、タイムラプス機能により受精卵を培養器外に取り出すことなく発育状況をリアルタイムで観察できるため、より客観的で信頼性の高い品質評価が可能であることも示されました(図2)。

今後の展開
 無加湿型タイムラプス培養器の標準化が進むことで、牛受精卵の生産効率や品質評価の精度向上が期待されます。特に、タイムラプス観察で得られる大量のデータを活用し、人工知能(AI)による受精卵の評価技術が導入されることで、客観的で一貫性のある評価が可能となり、従来の観察者の主観によるばらつきを解消できると考えられます。AIによる評価システムにより正確に移植可能な受精卵の選別ができ、妊娠率の向上にも寄与する可能性があります。 このような技術の普及により、牛受精卵の質と生産性の向上が見込まれ、家畜生産システム全体の効率化と安定化に向け前進することが期待されます。


注1)加湿型インキュベーターは、水を入れて湿度を高めることで培養液の蒸発を防ぎ、安定した環境を提供します。一方、無加湿型インキュベーターは水を使用せず管理が簡単ですが、条件によっては培養液の蒸発による浸透圧の変化が問題になることがあります。
注2)胚盤胞期:将来、胎盤と胎児のもとになる部分が確認できる段階。ウシでは受精後6~7日でこの段階に至る。

図1. 無加湿型タイムラプス培養器(受精卵観察システムCCM-iBIS、アステック)。9つの独立チャンバーがあり、各チャンバーで温度?ガス制御が個別に行える(a)。専用培養皿の使用により受精卵の個別管理が可能(b)。視認性の高い画像を通じて、受精卵を取り出さずリアルタイムでの発育過程の観察?評価が可能(c)。



図2. 従来型受精卵生産システム(加湿型)と新型受精卵生産システム(無加湿型)の比較



◆研究に関する問い合わせ◆
 bet36体育在线_bet36体育投注-官网网站@大学院グローバルイノベーション研究院 教授
  杉村 智史(すぎむら さとし)
   TEL:042-367-5819
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