〔2015年9月30日リリース〕鉄系高温超伝導の磁石化に成功~強力磁石開発へ新しい可能性~

ポイント
?希少元素を使用しない、新しい高性能磁石開発が求められていた。
?多結晶バルク(塊)を用いて、市販のネオジム磁石の2倍の磁力を持つ鉄系高温超伝導体の磁石化に初めて成功した。
?10テスラ級の小型磁石が数年以内に実現することが期待できる。

JST 戦略的創造研究推進事業において、bet36体育在线_bet36体育投注-官网网站@の山本 明保 特任准教授らは、鉄系高温超伝導を応用した強力磁石の開発に初めて成功しました。
医療?エネルギー分野の先端機器に使用される強力な超伝導磁石は、極低温で動作可能となることから、冷却のために稀少で高価な液体ヘリウムが用いられています。また、ネオジム磁石をはじめとする強磁性磁石ではレアアース元素が必須でした。そのため液体ヘリウムを使わず、より高い温度で使える高温超伝導体の研究開発が進められてきましたが、これまで鉄系高温超伝導体を磁石にする技術は確立されていませんでした。
山本特任准教授らは、結晶サイズをナノ領域(ナノは10億分の1)まで微細化した多結晶をバルク(塊)状にすることで、直径1cmの小型サイズでも鉄系高温超伝導体が1テスラを超える強力な磁石となることを実証しました。また、ナノ多結晶からなる鉄系バルク磁石は磁力の均一性が高く、さらに硬く割れにくいことを明らかにしました。
原料にレアアース元素を含まず、作製プロセスも単純?安価であり、小型冷凍機で動作させることができるので、強力な超伝導磁石の小型化、ポータブル化の道がひらくと期待されます。セラミックス合成の標準的な作製プロセスが応用できるため、他の材料でも同様の強力磁石ができると予想され、ナノ多結晶からなる超伝導バルクは強力磁石開発の新しい指針となると期待されます。
本研究は、米国立強磁場研究所のエリック?ヘルストロム 教授、デビッド?ラバレスティエ 教授らと共同で、日本学術振興会 科学研究費補助金、アメリカ国立科学財団の助成を一部受けて行ったものです。
本研究成果は、2015年9月30日(英国時間)に英国物理学会発行の科学誌「Superconductor Science and Technology」のオンライン速報版で公開されます。

<研究の背景と経緯>
超伝導は転移温度Tc注1)以下に冷却することで電気抵抗がゼロになる現象です。そのため、磁石にすれば磁力が長期間減衰せず、永久磁石のように振る舞います。この極低温への冷却には主に液体ヘリウム(沸点:絶対温度4.2ケルビン注2))が使用されますが、ヘリウム資源は需要増大を背景に数年前から世界的に不足しているため、転移温度がより高く、冷凍機による冷却で応用可能な高温超伝導体の実用化が期待されていました。
鉄系超伝導体は2008年に日本で東工大グループにより発見された新しい高温超伝導体群で、銅酸化物系に次ぐ高い転移温度を持つことから、量子コンピューター、高効率送電ケーブル、強力磁石など幅広い分野への応用が期待されています。とくに、上部臨界磁場Hc2注3)が従来材料の2倍以上と極めて高いことから、磁石材料としての応用研究開発が日米欧中を中心に精力的に進められています。

<研究の内容>
国際共同研究グループは、鉄系高温超伝導体群の中から、レアアース元素を含まず、液体ヘリウム温度以上で使うことのできる磁石の候補材料として、122系と呼ばれるバリウムカリウム砒(ひ)化鉄という化合物に着目しました。また、工業的なプロセスで生産しやすい、多結晶からなるバルク(塊)状で強力な磁力を発現させることを狙いました。
バルク状の超伝導永久磁石の磁力は、磁化される際に誘導される超伝導電流のエネルギーに比例する性質を持ち、超伝導電流を流しやすくすることで高性能化できるのがメリットです。多結晶からなる超伝導バルクでは、磁場の源となる超伝導電流が粒界(結晶と結晶のつなぎめ)で減衰する問題があるため、従来は結晶のサイズを大きくして粒界を減らしたり、向きを揃えることで電流を流れやすくしてきました。本研究では、逆に結晶サイズを数十ナノメートル程度まで細かくして、物理的?化学的に緻密?強固につながった粒界構造を新たに実現したところ、超伝導電流を従来の10倍以上流れやすくすることに成功しました。
具体的には、メカノケミカル法注4)で合成したナノサイズの原料粉末を複合金属パイプに充填し、長く伸ばす伸線加工を行った後に、圧力をかけた状態で熱処理して得た長い棒状の試料を、金太郎飴のように輪切りにすることで直径1cm、長さ2cmの小型円柱状の超伝導バルクを試作しました。これを転移温度の絶対温度38ケルビン以下に冷やした状態で、外部から磁化すると永久磁石の性質を示しました。市販のネオジム永久磁石の約2倍に相当する1テスラを上回る磁力を絶対温度5ケルビンで示しました。さらに、構造がナノスケールになったことで、空間的均一性のよい高品質磁場、かつ、硬く割れにくい機械的高強度という、強力磁石材料に不可欠な性質がもたらされました。
今後、東京大学、名古屋大学、物質?材料研究機構(NIMS)、産業技術総合研究所(AIST)などの国内学官が開発した超伝導電流の高エネルギー化技術や、日本企業が強みを持つ電線?セラミックスの先端技術を導入することで、10テスラ級の小型磁石が数年以内に実現できると見込んでいます。

<今後の展開>
鉄系高温超伝導体は稀少な冷却剤を用いなくても小型の市販冷凍機で冷却すれば動作可能であることから、超伝導を使った強力磁石の小型化、ポータブル化に道をひらきます。具体的には、医療用磁気イメージング診断(MRI)、新世代のたんぱく質解析?製薬の展開に資するコンパクト核磁気共鳴分析装置(NMR)、宇宙誕生の起源に迫る高エネルギー加速器や、エネルギー?輸送分野での究極の省エネを可能にする高効率超伝導モーターなどへの応用が期待されます。
鉄やレアアースなどの磁性元素が必須となる強磁性永久磁石とくらべて、「巨視的な量子効果注5)」が磁力の起源である超伝導永久磁石は、元素選択や物質設計の幅が大きく広がります。多結晶セラミックス材料にも使われる典型的な工業プロセスでつくることが可能で、かつ、ナノ多結晶体は強力磁石にとって諸刃の剣である非常に強い電磁力注6)に耐え得る高強度化の可能性を持つことから、ナノ多結晶体からなる鉄系超伝導バルク磁石の誕生は、今後の新しい強力磁石研究開発に向けた新たな指針の1つになると期待されます。

図1 強力磁石の磁場発生のメカニズム

強磁性永久磁石では向きの揃ったスピンが、コイル電磁石では電流ループが磁場の起源で、それぞれ磁化、外部電源からの電流供給により磁石となる。一方、超伝導バルク磁石では電磁石と同様に超伝導電流ループが磁場の起源であるが、永久磁石と同様に一度磁化すると、遠隔的に誘導された超伝導電流ループが抵抗ゼロのため減衰せず、冷却下では永久磁石と同じように使用することができる。超伝導体の電流エネルギー密度は銅より100倍以上高いため、小型でも非常に強力な磁石になる。今回、数十ナノメートルの微細な鉄系高温超伝導体の結晶をバルク(塊)にすることで、1テスラを超える磁力を持つ強力磁石にすることに成功した。

図2 試作した鉄系高温超伝導バルク磁石
中央の黒い部分(直径1cm)が鉄系高温超伝導体。周囲は複合金属リング。

<用語解説>
注1)超伝導、超伝導転移温度Tc
超伝導は、ある物質を低温に冷却すると起こる現象で、超伝導になる温度を超伝導転移温度Tcと呼ぶ。超伝導状態では、電気抵抗が完全に消失するゼロ抵抗状態が出現する。ゼロ抵抗状態では、エネルギーを全くロスなく輸送?貯蔵することが可能で、将来の環境エネルギー材料として注目されている。その他、将来の量子コンピューターに応用可能なジョセフソン効果なども、超伝導にのみ現れる特別な現象である。

注2)K(ケルビン)
絶対零度(-273.15℃)をゼロ度と定義した温度の単位。参考として、液体ヘリウム温度は約4.2K、液体窒素温度は約77K、室温は約300Kである。

注3)上部臨界磁場Hc2
超伝導が消失する上限の磁場。超伝導体を磁石として使う場合、この値がより高いほど強力な磁石をつくることができる。

注4)メカノケミカル法
機械的に活性化された化学反応プロセス。

注5)巨視的な量子効果
ミクロな世界での量子現象が、目に見える巨視的なスケールで発現する効果。

注6)電磁力
磁場中で電流が流れると力が働く(ローレンツ力)ことに由来する、強力磁石に加わる力。

<論文タイトル>
“Demonstration of an iron-pnictide bulk superconducting magnet capable of trapping over 1 T”
(1テスラを超える強力な磁力を持つ鉄系超伝導バルク磁石の実現)

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