研究背景 - 固体高分子電解質 (SPE) -
富永研では「液体やゲル状物質に匹敵する高いイオン伝導度の発現が可能な固体高分子を創り、それを様々な分野に応用する」ことをメインテーマとしております。
イオン伝導材料は、とても特殊で難しい材料のように思えますが、よく見ると皆さんの身の回りに沢山あります。例えば、KOH水溶液は古くから乾電池の電解質として用いられています。近年では、水のように金属塩をたくさん溶解できる有機溶媒を用いた有機系電解質が携帯電話などの充放電可能なリチウムイオン二次電池に使われており、現代生活には欠かせないものとなっています。このような「イオンの利用」を可能にする電解質材料は、イオンの種類が豊富なことから、電池以外の様々な機能性材料への応用も可能です。ところが、これまで長い年月をかけて研究されてきた電解質にも欠点があります。第一に安全性です。近年ニュースなどで報じられているノート型パソコンの発火事故などは記憶に新しいところです。電解質に有機溶媒を用いることで、引火や爆発の危険性が常に高く、デバイスの製造には細心の注意を払わなければなりません。第二に加工性です。液漏れを確実に防ぐという観点から、金属等で厳重に封止する必要があり、結果的に重く加工性が低下します。 このような問題は、電解質の「ポリマー化」によって克服されると期待されています。
既存の液体系電解質にかわり、左図のような高分子型電解質材料が近年とても注目されています。この高分子材料は、固体高分子電解質 (Solid Polymer Electrolytes, SPE) と呼ばれています。
SPEに使われる高分子は、水のようにNaClなどの金属塩を溶かすことができます。溶けたイオンは、固体高分子中であっても高分子鎖の熱運動を介して移動することができます。ところが、左の図のように見た目は柔らかいプラスチックやゴムのような固体で、大変面白い物質です。SPEは有機溶媒とは異なり、引火の危険性が低く、漏洩の心配もないことから、安全で安心な電解質材料と成り得ます。更に、薄く、平べったく、また自由な形に加工できるなど、フレキシブルであることも大きな利点です。これまでに困難であった、薄くて折り曲げが可能なバッテリーの実現が可能となります。
左の図は、最も基本的なSPEの構成材料を示しています。イオン伝導性を有する高分子としては、40年以上前から研究が続けられているポリエチレンオキシド (PEO) が挙げられます。PEOは、分子量が1000以下では室温でロウ状固体または粘性液体、それ以上の分子量では粉末固体です。結晶性は非常に高く、融点は65~70℃付近です。非晶状態にあるPEOのガラス転移温度(Tg)は非常に低く(-65℃付近)、溶融状態では優れたイオン輸送性を示します。
一方、イオン源には通常アルカリ金属塩を用います。PEOは、一部を除いてほぼ全てのアルカリ金属塩を溶解することができます。最近では、LiFSI(リチウム ビス(フルオロスルホニルイミド))やLiTFSI(リチウム ビス(トリフルオロメタンスルホニルイミド))のような溶解性やイオン伝導性に優れたリチウム塩が、既に実用化されているLiPF6などと共に優れた電解質塩として広く使われつつあります。
金属塩の解離によって生成したカチオンは、エーテル鎖の双極子との相互作用によって水中の溶媒和構造のような安定な溶媒和構造を形成し、PEO中でも安定に存在します。解離イオンはキャリヤーイオンとなり、PEO中では左の図のような高分子鎖の熱運動を介した協同輸送によって運ばれると考えられています。これは、イオン伝導度の温度依存性がVTF(Vogel-Thamman-Fulcher)式やWLF(Williams-Landel-Ferry)式によく当てはまることからも説明できます。より高いイオン伝導度を発現させるためには、より低いTgを示す高分子の選択が必要不可欠です。
残念ながら、SPEの実電池への実用化は未だに難しく、多くの課題を克服する必要があります。特に、SPEの性能を決定づけるイオン伝導度の値は、液体系電解質よりも1桁以上低く、大幅な改善が求められています。富永研では、SPEの高性能化にはこれまでに例のない研究展開が必要であると考え、様々な独自の研究テーマに取り組んでおります。さらに、SPEの新しい用途や異分野の開拓についても検討を行っています。例えば、永久帯電防止、微細成形加工技術、人工イオンチャンネル、などが挙げられます。 富永研では、固体高分子中における物質(イオン)の移動や拡散現象を基礎とし、SPEの合成から応用まで一貫した研究を目指しています。具体的な研究テーマに関しては、「研究テーマ一覧」 に詳細に掲載されています。
これまでに報告されているPEO系SPEの研究では、PEOの分岐化やネットワーク化による結晶性の低減、添加する金属塩の改良、無機微粒子の添加など、様々な方法によって、イオン伝導度が改善されてきました。ところが、完全な乾燥固体の高分子中では、液体中よりもイオンの拡散が大幅に低下するため、より速いイオンの輸送は困難です。これは、イオン移動が物質移動であり、その移動度が系の粘度によって支配されるためです。よって、固体高分子のSPE材料としての応用は、極性有機溶媒などを含浸させたゲルにとどまっています。固体高分子材料としての利点を活かしたSPEを得るためには、これまでにない新しいイオン輸送機構の提案や高分子の分子構造に基づいた基礎研究?評価?応用技術が必要であると考えられます。
富永研では、“固体高分子”にこだわった電解質材料の創製と応用を目指しています。具体的には、「分子デザイン」、「物性評価?構造解析」、「高性能化?高機能化」などにより、あらゆる方向から従来系や新規高分子のSPEとしての基礎および応用研究を行います。最終的には、これまでにないSPEの高イオン伝導化を達成し、全固体型ポリマー電池を実現することや、固体高分子としての材料特性を活かした新しい用途を開拓することも目標の一つとしています。
(富永研では、SPEに関するテーマの他に、様々な高分子機能材料に関する研究も行っています。詳細は、「研究テーマ一覧」 をご覧ください。)
研究背景 - 二酸化炭素の有効利用 -
温室効果ガスの一つである二酸化炭素(CO2)に関する研究は、将来の地球環境を守る重要な課題です。CO2を大規模隔離する技術(Carbon Capture and Storage, CCS)は既に実用化が進んでおり、欧米やオーストラリアで盛んに研究されています。その多くが天然ガス精製時に発生するCO2を対象としたものであり、発電所や製鉄所などから排出される比較的圧力?濃度の低いCO2を対象とした研究も近年広がりつつある状況にあります。
一方で、CO2を炭素源とするCO2回収利用(Carbon Capture and Utilization, CCU)の研究も報告されています。CCUは未だ基礎研究段階であり、現状では石油増進回収や尿素増産など、ごく一部の実用化に限られています。CO2をアルコールなどに還元するような新しいCCUの研究開発が近年注目されており、CO2を炭素源とするCCUの研究は、今後の環境分野における重要な課題と考えられています。富永研では、この中でCO2/エポキシド共重合体に着目しています。この共重合体の研究は、1969年に鶴田らのグループによって報告されたエチレンオキシドとCO2からなる交互共重合体の合成に関する研究に端を発しています。
富永研では、CO2を新しい反応場(溶媒)や原料(モノマー)として有効利用することを考え、これを様々な機能性材料に応用しています。